読書日記③/『自由』/アンゲラ・メルケル

女性宰相といえば、高市早苗総理が尊敬してやまないイギリスのマーガレット・サッチャー首相が真っ先に思い浮かぶが、サッチャーの在任11年を超えて16年間も首相だったのが、ドイツのアンゲラ・メルケルである。その彼女の回顧録が非常に面白い。上下両巻770ページ余もあるが、一気に読み終えた。
大鹿 靖明 2026.08.30
誰でも

 ドイツは旧西独時代以来、キリスト教民主同盟(保守)と社会民主党(革新)の2大政党がしのぎを削ってきた。ベルリンの壁崩壊後、東西ドイツの統合を成し遂げたのが、キリスト教民主同盟のヘルムート・コール首相(在任期間1982年~96年)だった。あの巨漢の大男を覚えている人も多いだろう。そんな歴史的な偉業を成し遂げたコールに抜擢されたのが、東独出身のメルケルである。なぜ彼女が頭角を現していったのか、極東に住みドイツ政治には門外漢の私が知らなかった彼女のバックグラウンドが、本書によって詳細に知ることができた。

 彼女はキリスト教(プロテスタント)の牧師の娘だった。父は戦後、第二次世界大戦のナチスの蛮行を悔い、キリスト教に基づく平和と倫理こそが必要と考えて神学を学び、すでに米ソ冷戦が進行するのに、敢えて西独から東独に移って布教活動に取り組んだ人物だった。いわば〝確信犯〟である。東独は、「宗教はアヘンである」というマルクスの考えを盲目的に守り、「無神国家」を標榜してきた国である。そこで神の慈愛を説くような牧師は、当局に目をつけられやすい。彼女の父は、反政府活動家ではないものの、東独支配層から見れば煙たい近い存在だった。

 アンゲラは子供のころから成績が良かったが、この出自が常に響いた。労働者や農民の家庭出身者よりも、聖職者や知識人の家庭出身者は身分が劣るというのだ。北朝鮮の「出身成分」とまったく同じ考え方だ。人望の厚かった父は、国家保安省(シュタージ)から「密告屋にならないか」という誘いを受けるが、「私はおしゃべりで秘密が守れません」と言って断るようにしていた。アンゲラも学生時代にシュタージから同様のスカウトに遭うが、父の言いつけを守って「私はおしゃべりだから」と辞退したという。

上中下の3巻にして、もっと首相在任中のことを詳しく読みたいくらいだった

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 つまり彼女の生まれた家は、共産主義国家の中にあって、それとは異なるキリスト教という強固な価値観を持ち、共産体制に常に違和感を抱き続けた家庭だった。彼女が初めて買ったビートルズのレコードは「イエロー・サブマリン」だったが(この選択がいかにも15歳の女の子っぽい)、それを見つけたのは1969年の学生時代、モスクワにロシア語の研修旅行に行った際だった。「モスクワには、東ドイツにはないビートルズのレコードが存在していた」と驚いたのである。ワルシャワ条約機構の優等生といわれていた東独は、ソ連よりも頑迷な、硬直的な共産主義国家だったからである。彼女は東独を「国民を恫喝して狭量で偏狭、しかもユーモアがない」国とみなし、それに対して彼女自身は「のん気」に対処することで、体制に対して「優越感」を抱いてきたという。

 「のん気」という言い回しが少々わかりにくいが、私は「相手の言うことを鵜呑みにせずに受け流し、物事を深刻にとらえない」というふうに理解した。こうして体制に対して「個」の自立を確保できたがゆえに体制を見下せる「優越感」を覚えたのだろう。後に彼女は首相就任後、「欧州の魂」を「寛容」と定義することになるが、それは不寛容の国で育ってきたことから逆説的にたどり着いた境地だったに違いない。そこが、本書のタイトル「自由」ともつながっている。

 子供のころからマルクス・レーニン主義は間違っているとわかっていた。経済学や歴史学などの文系学問はマルクス・レーニン主義のイデオロギーに汚染されている。しかし、「1+1=2」であることは、資本主義の国でも共産主義国家でも変わらない普遍的な真理だ。そこで彼女は理系に進み、物理学者の道を歩み始めた。

 すると、目の前で起きたのがベルリンの壁崩壊だった。

 もともと反体制運動をしていたわけではなかったが、これにより民主主義に目覚め、市民派政党「民主主義の出発」の活動にかかわっていく。ところがリーダー格の人物が実はかつてシュタージの協力者だったことが露見し、党勢は凋落。東西ドイツ統合後、コール率いる西独のキリスト教民主同盟に、彼女の属した小政党「民主主義の出発」が丸ごと吸収されたことから、彼女のサクセスストーリーが始まる。選挙に立候補するよう要請され、さらにはコールに「副党首」に抜擢されたのである。東独出身で、しかも若い女性(当時36歳)だったから、当初はマスコミ受けを狙った「人寄せパンダ」的な位置づけだったのだろう。

 一身にして二生を得るようなプロフィールは興味深いが、やはり感心するのは16年間も在任した宰相としての手腕である。

 とりわけリーマン・ショック以降の欧州経済危機に対する手際は鮮やかというほかない。デュッセルドルフのIKB産業銀行の破綻危機の処理策から始まり、ギリシャ救済に至るまで、常にフランスと共同歩調をとりつつ、迅速に現実的な対応策をとりまとめてゆく。バブル崩壊後の日本政府とは、えらい違いだ。日本ではバブル経済が崩壊して間もない1992年夏、宮澤喜一首相が銀行への資本注入は不可避と認識していたのにもかかわらず、実行に移されるのは小泉純一郎政権の2002年だった。政治家も大蔵省も銀行の頭取も、責任者が矢面に立ちたがらず、延々と10年も不良債権処理を先送りし続けて、国富を蕩尽してしまった。いまの我が国の凋落は、ひとえにこのときの処理に由来しており、日欧の政治家の資質の落差を痛感せざるを得ない。

 同じように2011年の福島第一原発事故の際も、脱原発派の政治家が少なくなかったはずの民主党政権は、いたずらに会議体を乱立させて結論を先送りし、脱原発(あるいは原発縮小)に舵を切る政治決断ができなかった。菅直人も枝野幸男も野党でいる間は立派なことを言っても、いざ政権を担当すると、実行力がないのだ。それとは反対にメルケルは日本の原発事故を受けて、ドイツ国内の原発の稼働をやめる決断を下している。ドイツは、社会民主党と緑の党が連立を組んだ前任のシュレーダー政権がいったん原発停止を決めていたものの、メルケル率いるキリスト教民主同盟への政権交代後、再稼働に舵を切っていた経緯がある。いったん立ち止まっていたもののゴーサインを出した当事者であるにもかかわらず、日本の福島の事故を受けて再び止めることにしたのだ。

 彼女が親近感を抱いていたバラク・オバマ大統領が退いた後の世界は、トランプとウラジーミル・プーチンと習近平の時代になってしまった。

 プーチンは、メルケルが1997年に犬にかまれて以来、犬を恐れていることを知っているくせに、わざと首脳会談に飼い犬の大型犬を連れてきたうえ、彼女へのプレゼントは犬のぬいぐるみだった。1991年に解体された旧ソ連邦の版図回復を願う彼の膨張政策に対して、彼女が終始、抑制的であることを嫌っているのだろう(それに女性蔑視の考えも加味されているのかもしれない)。

 ついこないだまでオバマやメルケルが活躍していた時代が懐かしい。あの日に帰りたくなるような回顧録だった。

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