KADOKAWAの悲劇⑥/ドワンゴ再建
鳴り物入りで始まった「カドカワ・ドワンゴ」だったが、船出は芳しくなかった。ドワンゴが足を引っ張り、抜本的な立て直しが必要になった。そこで登板したのが夏野剛だった。
大鹿 靖明
2026.09.05
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カドカワ・ドワンゴは2014年5月、持ち株会社の同社傘下に書籍のカドカワとニコニコのドワンゴがそれぞれぶら下がるような形態でスタートした。無理やり一緒にせずに、持ち株会社傘下で両社がそれぞれ〝自治〟を維持する仕組みだった。
そのため、わかりやすい統合の相乗効果(シナジー)が初期のころは見えにくかった。ドワンゴの広報担当者が言うには、角川歴彦が将棋好きのため、ドワンゴ主催の将棋電脳戦のプロデューサーを彼に務めてもらい、現役のプロとコンピューターとの対局を開催(2013~17年)したのが、その好例という。
さらに「ファミ通」の編集長だった浜村弘一がドワンゴ主催の大規模なゲームイベント「闘会議」にかかわったり、ドワンゴの営業本部と角川の「ファミ通」部門が統合したりしたが、それらは何も両社が経営統合しないと実現できないほどのものでもなかった。