読書日記②/『マーヴィン・ゲイ物語 引き裂かれたソウル』/デイヴィッド・リッツ
それ以来、ずっとお父さんに殺された黒人シンガーというイメージだったのが、大きく変わったのは25歳のころ、当時勤務していた静岡支局から徒歩5分の行きつけのバーで、ダニー・ハサウェイのライブに収められていた「ホワッツ・ゴーイン・オン」のカバーを聴いてから。それからちょっと経って、原曲が収録されたマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」(CD)を聴いて、背筋がぞくぞくするような衝撃を受けた。そういう作品は生涯にそう何枚もない。「これって、ピンク・フロイドの『狂気』のようなコンセプトアルバムじゃん」というのが第一印象。それから、非業の死を遂げるまでの彼の作品はだいたい買いそろえた(CDだが)。
ロック好きのマニアは、その先祖のブルースを崇める傾向が強いが、単調で貧乏くさいブルースよりも、私は華やかで豊饒なソウルの方がずっと好きになった。特に黒人の声の深みに圧倒され、マーヴィンはその一人だった。演奏も白人ロックバンドが野暮に聴こえてしまうほど技巧に富み、洗練されている。だからソウルのアルバムを聴いた後、ロックを聴くと、ダサく聴こえてしまう。
2021年に買い求めて以来、ずっと〝積ん読〟だった彼の伝記をようやく入院中に読み終えた。

装丁には「ホワッツ・ゴーイン・オン」当時の写真が使われている
本書によると、マーヴィンは幼少期から父親による暴力に遭い、その父親との関係に生涯悩まされ続けてきた。しかも父親自身も幼少期から自身の父親による壮絶な児童虐待に遭う「虐待の被害者」だった。いわば虐待が連鎖し、暴力が支配する家庭だったのだ。
父親はキリスト教系の新興宗教団体の聖職者を務めたものの、教団内の出世競争に敗れてからというもの、母親を働かせて自身はプータロー。就労意欲がまったくない人だった。しかも派手な女装癖があり、父親の兄弟5人がゲイ。そういうこともあってマーヴィンは、姓のGayに「e」を加えてGayeに変えている。
よせばいいのに、久しぶりに実家に帰ると、ささいなことから口論になって拳銃で2発撃たれてしまった。その拳銃は「最近は物騒だから護身用に」とマーヴィンが家族に買い与えたものだった。
25年に及ぶ彼の活動を詳細に記録した本書を読み進めるのに、非常に役に立ったのがSpotifyである。活動初期の1950年代に彼が聞いていたドゥーワップグループのオリオールズ、リー・アンドリュース、さらに最初のバンドのムーングロウズなどを簡単に検索して音を確かめられる。いちいちディスクユニオンで収集する必要がないのだ。「ホワッツ・ゴーイン・オン」の後になぜ同じような社会的な問題を題材にした作品の製作を試みなかったのか、かねて疑問だったが、ウォーターゲート事件の最中に同傾向の作品をシングルで発表したものの、あまり受けが良くなく、後に男女の性愛賛歌路線に大きく転換したという(確かにSpotifyで確認したところ、くだんの「You are the Man」の出来は二番煎じ的な楽曲でいま一つ)。
こうしたお蔵入りの作品も含めてSpotifyで確認しながら読み進めることができるのが、今日の利点である。オーケストラをバックにしてスタンダードを歌う「Vulnerable」は存命中に未発表に終わったのが勿体ない作品だった(1997年にCDで発売)。出しておけば、クラプトンの「アンプラグド」のように新境地を開拓できたのに。いまやオーケストラをバックにスタンダードを歌うのは、ロッドやカーリー・サイモンら誰もがやっている。それに十分先駆けることができた。
マーヴィンのそうした志向は、最初から「黒人のR&B市場」より大きな市場を目指し、シナトラやマイルスを聴き込んでいたことに由来する。そうしたジャズ的な感覚が後の「ホワッツ・ゴーイング・オン」に結実したとも言える。本書を読んで初めて知ったが、マーヴィンは自身の実績に比べてきちんと評価されていないことが終生、不満だったという。キャロル・キングの「つづれ織り」が1000万枚も売れ、ブルース・スプリングスティーンが社会派として注目されるのに、「自分はグラミーさえ取れない」と。
黒人市場では断トツの存在でも、白人市場は白人優先という意識がまだ強く残っていたと思われる。私もそうだが、LPの時代までは、白人のプログレッシブ・ロック=高尚、黒人ソウル=通俗的な歌謡曲、のような先入観やジャンル別の区分があり、公平に聴くことができるようになったのは、旧作が一斉に店頭に並んだ1990年代のCDの時代になってからだった。
すでに登録済みの方は こちら