角川の悲劇①/謙虚に見えた歴彦
大魔神の巨大な像が、出入りする人たちを睨みつけていた。
梅雨時の雲が覆っていた6月24日、東京都調布市郊外にある角川大映スタジオは、株式会社KADOKAWAの株主総会の会場となった。

大魔神の巨像2体が屹立する角川大映スタジオ(2026年6月24日午後2時ごろ撮影)
角川書店は経営の悪化した大映の営業権を取得し、後に大映を傘下に収めている。約30年間にわたってKADOKAWAグループを支配してきた創業家出身の角川歴彦はこの日、角川大映スタジオを久しぶりに訪れ、「一気に大きな投資をして200坪の自慢のスタジオにしたんです」と懐かしそうに語った。
歴彦は、角川書店創業者の角川源義の次男として1943年に生まれた。兄は、角川書店を継ぎ、原作小説を映画化するメディアミックスで一時代を築いた春樹である。春樹がコカイン密輸事件を起こして1993年に逮捕されると、ピンチヒッターのようにして跡を継いだのが、弟の歴彦である。しかしその歴彦も、東京五輪汚職事件で東京地検特捜部に逮捕・起訴されて失脚し、贈賄罪で有罪判決を受けている。
角川歴彦が株主総会に乗り込み、社長退陣を要求
歴彦が株主総会に乗り込んだのは、訳がある。
後事を託した夏野剛社長への報復である。この8日前には、KADOKAWAが委嘱した第三者調査委員会「ガバナンス検証委員会」の調査報告書によって名誉を傷つけられたとして、夏野と國廣正弁護士(同検証委員会委員)に対して2億円の損害賠償請求訴訟を提起した、と公表していた。
ときあたかもKADOKAWAの筆頭株主になった香港籍のアクティビストファンド、オアシス・マネジメントは、夏野の社長解任を求める議案を株主提案し、他の株主にも〝夏野下ろし〟に同調するよう呼びかけていた。歴彦の反旗はオアシスと連動し、夏野らKADOKAWAの現経営陣を揺さぶっているように映った。
株主総会が終わって、会場から出てきた歴彦はこうぶちまけた。

株主総会後、記者たちに取り囲まれて意気軒高にしゃべる角川歴彦元会長(2026年6月24日午後5時ごろ撮影)
「夏野には『辞めなさい。もう5年もやったんだから』と言ったんだ。オーナーじゃないんだから。それをまた中期経営計画を立てて6年間やろうとしている。何を考えているんだ」
調布市郊外にある角川大映スタジオを株主総会の会場にしたことについては、こう言った。
「ここが角川映画の原点と思って選んだのだったら偉いよ。でもここが遠くて不便な場所で、一般株主が来にくいと思って選んだんだとしたら、あさましいよね。夏野に(株主総会の会場で)『ここに来たことがあるのか』と質問すると、『来たことがあります』と言っていたけれど、株主総会の下見に来たぐらいじゃないか」
いまだに会社の支配権を有する老オーナーのような高姿勢の尊大な言い方である。
さらに話を聞きたければ「この人に連絡をとって」と女性秘書の名刺を渡された。
そこで後日、彼女に連絡すると、「会長は考えをまとめたり、もう少し様子をみたりしたいようなので、今回はお断りさせて下さいませ」とメールを寄越してきた。
言いたいことを言っておしまい 追加取材はお断り
なーんだ。自分が言いたいことを言っておしまいか。検証的な取材の対象になるのがイヤなのだ。
その27年前、1999年に初めて取材したときの角川歴彦は、こんなに偉そうではなかった。当時、朝日新聞東京本社経済部で電機業界を担当していた私は、担当企業の一つである東芝が、製造業のハードからコンテンツなどソフトに事業領域を拡大しようとしている動きを追いかけていた。アメリカのタイム・ワーナーとの提携強化を模索していると見当をつけて嗅ぎまわっていたところ、耳にしたのが「角川書店と提携することで合意した」という情報だった。
さっそく3月16日夜、横浜市の西室泰三社長宅に夜回りに行って、その件をあてると、「これはまだ記事に書くのは早いよ。今月末か4月には発表できると思う。DVDを使った電子出版事業と、普通の活字の出版事業の両方をやろうと思っている。こういうことは東芝は疎いので、カネは出すけれど口は出さないようにする」と言っていた。その翌日、千葉県市川市に住む担当役員の自宅に夜回りに行くと、「ウチはデジタルネットワークのいろんなことを立ち上げているでしょう。そういうなかで角川のコンテンツがほしい。両社で折半出資で新会社を設立する」と言っていた。
このころ東芝はワーナー・ブラザーズ、日本テレビ放送網と映画制作プロダクションの「トワーニ」を旗揚げし、同じく日テレや富士通とともに衛星を使って自動車に映像を流す「モバイル放送」を設立するなど、矢継ぎ早に外部のメディア企業と提携したソフト事業を打ち上げていた。角川との合弁会社設立もその一環だった。
こうしてほぼ情報をつかんだのちに、角川歴彦の住む牛込のマンションで張り込んだ。帰宅した歴彦を玄関口でつかまえて質問すると、「よく知っているね。役員会はまだ先だけれどね。著作から映画をつくっていくことで(事業を)大きくしていこうと考えている」とニコニコして言う。
出版界に珍しい株式上場 書籍・雑誌以外に多角化
「活字の書籍や雑誌以外にメディアミックスの映画、コミックとアニメ、それに立ち遅れているゲームをなんとかしたい」
「この本が映画になるかどうか判断するソフト事業部という部署が社内にあり、主人公をこういう風にしようとか考えることが社内でできる。そうでない出版社は作家とそういう話をつなげられない」――などと初対面で門外漢の私に丁寧に話してくれた。
いろいろと教えてくれて、いい人だなと思った。

東芝と角川書店の提携を特報した私の記事
角川書店はこの前年の11月、同族経営の非公開企業が多い出版業界にしては珍しく、東証2部に上場し、角川家の家業から逃れ、近代的なコンテンツ・カンパニーに脱皮しようとしているさなかだった。そういう変革の途上にあり、新しいことをやろうという意欲と活気があったように感じられた。
両社の首脳から言質を取っているので間違いない。3月19日の朝日新聞朝刊一面で「東芝、角川書店と合弁会社」と報じた。いわゆるスクープだった。
東芝はその1カ月後の4月22日、朝日の報道を追認して「トスカドメイン」という角川との合弁会社を設立すると発表した。
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